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東京高等裁判所 昭和37年(う)1849号 判決 1963年1月16日

被告人 山宮貞伊

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人大崎康博の控訴趣意第一の二について、

所論は、原判決はその判示第一において被告人が植松たけを転倒させて同女に傷害を負わせた事実を認定しているが、右行為当時被告人は同女に対する暴行の犯意を有していなかつたのであつて、同女の右傷害は被告人の過失により生じたものであるから、被告人の行為は過失傷害の罪に該当するものというべきであるにかかわらず、原判決がこれを傷害罪に該当するものとして刑法第二〇四条を適用処断したのは右法条の解釈適用を誤つたものであつて、その罪は判決に影響を及ぼすこと明らかである。そして又過失傷害の罪は親告罪であるところ、本件については植松たけの告訴がないから原審は判決により公訴を棄却しなければならなかつたにかかわらず有罪の判決を言渡をしたのは刑事訴訟法第三七八条第二号にいわゆる不法に公訴を受理したものである。以上のとおりで原判決は破棄を免れないと主張する。よつて案するに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は原判示植松博一郎方玄関先において左手で植松博一の後から同人の襟首を掴み引つぱつたり押したりしているところへ、これを見た同人の妻植松たけが玄関内より駈け出して来て、被告人の博一郎に対する右暴行を制止しようとして両手で被告人の後から同人の左腕を掴んで博一郎の襟首を掴んでいるのを離させようとしたが、被告人はその手を離さず、たけから掴まれたまま自己の左腕を強く後に引きその肘をたけに突き当てて同人をコンクリートの上に仰向けに転倒させるとともに、博一郎に足払いをかけて同人をも同所に仰向けに転倒させ、なおもその手を離さずに同人の首を地上に押えつけていた事実が認められ、右のように被告人の左腕をたけが両手で後から掴んでいるのに被告人がその掴まれている腕を強く後へ引けば自己の腕や肘の力がたけに加わるべきことは被告人として当然これを認識していたものであり、それを認識しながら敢えてその腕を後へ強く引いたものであると認められるから、被告人には右行為の際たけに対する暴行の犯意があつたものということができる。してみると、被告人の右行為によりたけがコンクリート上に転倒させられよつて原判示のような傷害を受けた以上、被告人はたけに対する傷害罪の責任を負うべきものであることは勿論である。原判決の罪となるべき事実第一中の植松たけに対する傷害の行為についての摘示はその判示方法として措辞やや不十分且つ適切を欠く憾がないではないが、その趣旨とするところは右と同様であることはこれを認めるに難くない。記録を精査するも右第一の事実中植松たけに対する暴行の犯意並びに行為の点につき所論のような誤認の疑は認められない。してみるとこれに傷害罪の規定を適用した原判決の法令の適用は正当であつて、この点に関する所論は採用できない。従つて被告人の植松たけに対する行為を過失傷害罪に該当すると主張し、これを前提として原審が不法に公訴を受理したものであるとする所論の主張は、その前提事実を欠くものであるから採用に由ないものというべきである。それ故論旨は理由がない。

同第一の一について。

原判決が罪となるべき事実の第一において、被告人は植松博一郎の襟首を持つて押し或は引き、更に同人に対し足払いをかけ、これを制止した同人の妻植松たけと共にその場へ転倒させた上、押さえつける等の暴行を加え、よつて右たけに対し全治約五日を要する頭部打撲症血腫の傷害を負わせた旨認定摘示し、右博一郎に対する暴行とたけに対する傷害とを刑法第四五条前段の併合罪として同法第四八条第二項を適用していることは所論のとおりである。所論は、被告人の右博一郎に対する暴行とたけに対する傷害とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段の一所為数法にあたり一罪として処断すべきであるにかかわらず、原判決がこれに併合罪の規定を適用処断したのは法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであると主張する。よつて案ずるに、前示原判決の摘示事実によると、被告人の博一郎に対する暴行の所為とたけに対する傷害の所為とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合に該当するものというべきであるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条を適用し一罪として重きに従つて処断すべきであつて、原判決がこれを併合罪の関係にあるものとしてその規定を適用したことは法令の適用を誤つたものといわなければならない。そこで進んで右法令適用の誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであるか否かにつき審究するに、原判決は罪となるべき事実として右第一の他に第二の暴行、第三の傷害の事実を認定し、右各罪につき罰金刑を選択し刑法第四八条第二項を適用しているのであるから、原審の認めた罪数による罰金の合算額は一〇万円となり、右第一の暴行罪傷害罪を一所為数法にあたるものと認めた場合における罪数による罰金の合計額は七万五千円となるわけであつて、原判決が犯罪の個数の認定を誤つたために罰金の合算額が正当な合算額を超えたのであるが、原判決が被告人に対し罰金一万円を宣告したのは右正当な罰金合算額の範囲内の刑であり、且つその範囲の量刑として重きに過ぎるものとは認められないことは後記のとおりであり、又前示原審及び当審の認める合算額のいずれに比べても甚だ低いものといえるから、前示原判決の法令適用の誤は結局判決に影響を及ぼすことが明らかでないものというべきである。それ故論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意について。

所論は要するに本件に関連を有する藤沢清久の文書偽造行為及び山崎貞徳の偽証行為に対しては何等の処置をとることなく被告人に対してのみ本件行為につき起訴したのは片手落であり公平を欠くものであつて違法不当であると主張するもののようであるが、記録を精査し当審における事実取調の結果に徴してみても、被告人に対する本件起訴につきこれを違法不当となすべき何等の瑕疵も発見し難いので、所論は採用に由なく論旨は理由がない。

大崎弁護人の控訴趣意第二について。

所論は原判決の量刑不当を主張するのであるが、記録並びに当審における事実取調の結果に現われた本件犯行の動機、態様、被告人の性行、経歴、犯罪後の情況その他一切の事情を総合して考量すると、原判決の量刑は相当であつて重きに過ぎるものとは到底認められないから、論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については同法第一八一条第一項本文によりその全部を被告人に負担させることとし主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川成二 白河六郎 小林信次)

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